映画化するにあたって、「なぜ映画化するのか?」っていう動機がミソなんだけど、
「インパクトがあるから」とか「今までに無い感じだから」とかっていうのじゃダメなんだよ。
あさま山荘事件みたいに鉄球がボカーン!機動隊がワーワー!だからって食いついたり、
今回のルパン三世の映画化みたいに、「知名度があるマンガだから」っつって食いついたりさ。
せいぜい「ピストルとか日本刀が出てくるし、峰不二子の色気があれば・・」とか思ってんだろ。
っつうか、恋愛弱者の今の邦画・ドラマ業界の連中が、峰不二子の哲学を表現できるワケねーしさ。
最近、韓国映画の新作で「7号室の贈り物」ってのがあって、予告編を見たんだけど、
主人公の父親が幼い娘に「水はちゃんと沸かしてから水筒に入れなさい」ってシーンがあった。
日本では水を沸かすのは当たり前になったけど、韓国ではまだまだ浸透してないって事なんだよな。
韓国映画もハリウッド映画も、そうやって「国民を教育する」っていう意気込みが常に感じられるんだよ。
恋愛はなぜ理不尽なのか?社会はなぜ理不尽なのか?人生とはなんなのか?それのちょっとしたヒントを描く。
人間は「常に学ぶ生き物」で、例え童貞のアキバ系の奴でも、「一体なんなのか?」っていう追求が常に心にある。
バリバリのキャリアウーマンだろうが、無職の童貞だろうが、多かれ少なかれ「知的好奇心」ってのがある。
つまり、面白い映画・マンガってのは、「学び得るモノ」ってのが必ず存在してる。
妖怪作品でもギャグ作品でも、必ず「人間心理」を突くセリフ・シーンがある。
人間の悪い部分を描くっていう行為は、自分に嘘をついてる弱い人間がまず出来る事じゃない。
女にモテない男が「女にモテない男はダメだよ」なんて映画を作ろうとはまず思わない。
自分の汚い部分・怠慢な部分・自分勝手な部分を認めて、気付いて、成長していく人間じゃないと良作は作れない。
自分の本心・人間の本心を見るのを恐れてる連中が映画を作るから、人々の心を打つ作品が出てこないんだよ。
長くなるから〆る。
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