
富野由悠季は、鈴木敏夫に対して対談で「僕はあなたに捨てられた」「生きる道を半分以上失った」
と言ってしまうほど特別な感情を抱いていた。
実は鈴木は、仕事の相性でいえば宮崎よりも富野氏の方が遥かに良かったと自覚していた。
だが鈴木は宮崎とジブリを設立し、以後は彼を支え続け宮崎を世界に轟かせる監督へと導いた。
富野は「あなたは宮崎さんとジブリを作って成功の道を歩んだ、捨てられた僕はひとりで頑張るしかなかった」
と口にした。
これに対して鈴木は「富野さんにはガンダムがあった、でも宮さんには何もなかった」と答えた。
当時、富野はガンダムが当たり、その影響で雑誌アニメージュが発行部数を伸ばすなど界隈に大きな影響を与え、
徳間書店の編集長という立場にあった鈴木はその影響力を人一番理解していた。
一方、宮崎はコナンやカリオストロを手掛けるも、大きな名声を得るどころか後者に至っては興行的に失敗しており
代表作と言えるものがなく、鈴木が特別に特集を組むという助け船を出したほどであった。
この一言に富野も合点がいったようで和やかな表情になったという。
なお、この対談で鈴木は、「宮崎が『コンテで使えたのは富野さんだけだった』と何度も口にしていた」ことも伝えている。
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